「びょういん いかなっちゃ!」

昨日ナツが「はぁ いたい」と言うので、えっ虫歯!?と思って口の中を見てみると、下の歯がグラグラしてました。
すでに上下4本ずつ、8本生えかわっているので、グラついていたのは真ん中から3番目の犬歯。
もうすぐ抜けそうです。

犬歯が生えかわるのは9~10歳だそうなので、少し早めです。
ナツは歯の生え始めがすごく早くて、生後2か月の終わりに下の前歯が顔をのぞかせました。
歯が生えるのはまだ先と思っていた私は、これって歯だよねぇ?とびっくりしました。

5か月ごろにはおっぱいを噛まれて苦労したし、3歳の誕生日直前まで母乳を飲んでいたので、虫歯の心配はいつもしていました。
歯が生えるのなんて、遅くていいのになぁなんて思ったり。
首の座りからずっと発達が遅かったので、早くしてほしいことはいろいろあるのに、なんでこんなことだけ早いの、なんてぶつぶつ言ってました。ナツごめん!

ナツはグラつく歯が気になって仕方ないよう。
やたら歯を触っています。
「そうかぁ、これは痛いねぇ」と私が言うと、「びょういん いかなっちゃ!」。

ナツは何か体に変化があると、すぐに「びょういん いかなっちゃ!」と言います。
蚊に刺されてかゆいだけでも、腕をちょっとこすっただけでも、「びょういん いかなっちゃ!」と騒ぎ出します。
病院へ行くことに全く抵抗がないよう。
しかし私が「病院って言っても、歯医者だよ~」と言うと、「はいしゃ こわい~」と言っていました。
歯医者だけは別なようです。
実際は、ここ1、2年本当に丈夫になって、ほとんどお医者さんのお世話になることはないのですが。

今気になるのは、犬歯がきれいに生えてくるかなぁということ。
乳歯のときはとても歯並びがきれいで、今生えている8本の永久歯もきれいに生えているのですが、犬歯のための隙間が少し狭いような。
以前、体が大きくなるにつれて、あごも発達するからと言われたのですが、歯の生えかわりのスピードに、あごの発達が追いついてないような気がします。

ナツは好き嫌いなく何でも食べるのですが、肉のような噛みきりにくい物が苦手だったので、小さい頃からあまり熱心に、硬い物を噛ませることをしてこなかったのも影響しているのかも。
食べるのが非常に遅く、1口を噛んでる時間も長いから、あごは使っているようには見えるんですけどねぇ。

生えかわり中はガタガタに見えても、全て生えそろう頃にはきれいになっていることも多いですよと言われたけど、ちょっと心配。
やはりあごを鍛えるべきか。

ところで、仕上げ磨きって普通いくつくらいまでやるんですかね。
ナツはまだ自分ではしっかり磨けなくて、ナツが磨いただけでは恐ろしくてそのまま寝かせられないので、毎日きっちり仕上げ磨きをしています。
まだしばらくは、歯の管理は私がきちんとしなくてはいけなそうだな。

by mineyom | 2011-01-27 15:27 | ナツの毎日

食育の扉を開く

土曜日に、「チーム マクロ美」のメンバーに誘われて、東城百合子先生の講演会に行ってきました。
「今 なぜ 食育なのか」というタイトルでお話しされていたのですが、本当に行って良かった~と心から思える講演会でした。
私は初めてお名前を聞いたのですが、自然食、自然療法の分野では、第一人者のようです。
御年85歳ですが、しっかりとした心あるお話しで、2時間半があっという間でした。

食事に関しては、玄米、味噌汁、漬物が基本。
動物性タンパク質は消化が悪く、血を汚すとおっしゃっていました。
一貫して「自然を師に学ぶ」、「自然にかえれ」ということを強調されていました。
今は何でも安く、簡単に手に入る飽食の時代。
でも本当は、もっとずっとシンプルでいいのではないかと思えました。
その方が、体も楽なのではないかと。

そのあたりは少し勉強していたこともあって、すんなり納得、再確認できたのですが、そのあとの食育の話に関しては、目が開かれるような言葉がたくさんありました。
まず先生が投げかけた「朝ごはん、子どもと一緒に食べていますか」という言葉にドキリ。

孤食の問題が叫ばれている今、気には掛かっていたのですが、ちょっとだけと言いながら席を立ち、ナツの前にゆっくり座るということをしていませんでした。
朝は何かとバタバタしてしまっていて。
特にナツは食べるのが非常に遅いので、つい動いてしまっていました。

動き回りながら時々「早く食べて!」と声をかけ、時間がなくなってくると慌ててスプーンでナツの口に入れて、何とか朝食終了。
そんな毎朝を思い浮かべ、改めて食の進まないナツの顔を思い出しました。
機械にオイル入れてるんじゃないんだから、そんなんで入っていくわけないよね・・・。
本当に当たり前のことだった。

先生は「一緒に味噌汁を作って、一緒に食べなさい」とおっしゃっていました。
今までの自分を猛省。
そこまではなかなかできないけど、なるべくナツが食べている間は、一緒に座って食べるように心掛けています。

自然食の話をすると、「玄米菜食がいいんだ!」とのめり込み、「玄米は体にいいんだから、しっかり食べなさい!」と躍起になって子どもに食べさせようとするお母さんがいるが、それは子どもに拒絶反応が出ますよとも。
ゆったりと構え、「美味しいよ。元気になれるよ」と優しく語りかけながら一緒に食事をしていくことがなによりも大切です。
玄米が大事ばかりになって、白米はダメ、白砂糖はダメと全てを排除して分けるのはよくない。
余裕をもって、自分で考え、工夫をしながら生きていきなさいという言葉に、肩の力が少し抜けるような感じがしました。

それから先生が何度も繰り返していたのは、「掃除、洗濯、料理が大事」ということ。
今はいくらでも手抜きができる時代だからこそ、手作り・手当て・手を掛けると、自分の手足をしっかり使って生きることが大事だと語っていました。
自然のものを食べるということも大事だけれど、それと同じくらい、手を掛けてしっかり育てることも大切なんだなと思いました。
正直、家事があまり得意ではなく、今まで何とか取り繕えばいいやなんて感じでいました。
果たして1つ1つ心を込めて、一生懸命家事をやったことがあったかなぁと思わず頭を垂れてしまいました。

読んだだけじゃダメ、頭で覚えるだけじゃなく、実行しなければダメ、という耳の痛い言葉も頂いたので、とにかく実践していきたいと思います。
「実行すれば人生が変わっていく、失敗してもいいから続けること」という言葉を励みに。

東城百合子先生が毎月発行されている、「あなたと健康」という冊子もいただきました。
こちらにも、参考になる記事がたくさんありました。
定期購読しようかなぁと思います。
自然に、楽に生きられる気がします。
はぁ、楽しいなぁ。

子育てしているお母さん達に、一度は聞いて欲しいと思う講演会です。
機会があれば、ぜひ。

by mineyom | 2011-01-26 00:41 | マクロビオティック

マクロビオティック入門

私は生活クラブという生協に加入しています。
生活クラブは、安全と環境にかなりこだわった生協で、他生協の営業の方に「生活クラブをやっているので・・・」と言うと、「食への関心がかなり高いんですね」なんて言われたりします。

実は母が、私が子どもの頃から生活クラブをやっていて、これで育っただけなので、それほど志が高いというわけではないのです。
まぁ、結婚してから自ら加入したのは、いろいろ自分でも勉強して、本当に質が良いものだと再確認し、何よりも美味しかったからですが。

そんな生活クラブの組合員さんの中で、わが地域で新しく研究会を立ち上げようということになり、私もお誘いを受けてお仲間に入れてもらいました。
その名もマクロビオティック研究会「チーム マクロ美」。

研究会といっても、公民館の調理室でお料理会をしたり、自然食レストランでランチしたりなんていう、堅苦しくない、楽しんで取り組もう!という会です。
先週、そのお料理会があって行ってきました。

私は初心者なので、すでにマクロビを実践しているメンバーさんに、教えてもらうばかりでしたが、目からうろこのお話がたくさんありました。
マクロビというと、玄米を食べて、お肉は断つというくらいの知識しかありませんでしたが、かなり真剣にやろうとすると、白米×、白砂糖×、肉類×、牛乳×、化学調味料×などなど、結構大変そうです。

しかしお料理会で試食したメニューは、想像していたよりもずっと美味しくて、びっくりしました。
今まで煮物にしても、炒め物にしても、お肉を入れるとおいしくなると思っていましたが、しっかりだしをとって調理すれば、そんなにお肉は必要ないのかもと思いました。

「チーム マクロ美」の代表者の方は、長年ひどい生理痛に悩まされていたのが、劇的に改善したそうです。
私も、体質改善したいなぁ~。
30代も後半、そろそろ体をメンテナンスして生きないと、人生の後半をイキイキと生きられない気がしてきています。
若い頃と同じ生活をしていたらダメだなと。
ナツはもちろんですが、最近体重が激増して、メタボな夫を何とかしたい。
健康に長生きしてもらわないとね。

あれやこれやと欲張ると長続きしないし、辛くなってしまうので、とりあえず玄米を始めました。
それプラス、動物性たんぱく質を少なめに、代わりに大豆製品、海藻類を多くして、甘いものは控えるなんて具合にやっています。

驚いたのが、ナツも夫も玄米に全く抵抗がなかったこと。
私は子どもの頃食べていたので平気でしたが、ナツと夫は食べにくいと敬遠するのではないかと思っていました。
しかし全く問題なく食べてました。
それどころか、しっかりとよく噛むので、一石二鳥!

まだ始めたばかりですが、無理せず長く続けていきたいです。
「チーム マクロ美」のこれからの活動も楽しみ。

by mineyom | 2011-01-24 03:25 | マクロビオティック

成人した後に

昨年10月から、お友達に誘われて、地域の障害者サークルに通い始めました。
こちらでは月2回の音楽活動を中心に、イベント参加や野外活動をしています。

このサークルのすごいところは、昨年30周年を迎えた、長寿サークルだということ。
参加されているメンバーも3歳から50代までと幅広く、ナツを含め小学生メンバーは5人、成人を迎えている方が大多数です。
創立当時から、30年間通い続けているというメンバーさんがたくさんいます。

ボランティアの方のほか、メンバーのご両親もサポーターとして参加されていますが、皆さん様々なことを乗り越えてきた大先輩で、とっても心強い存在です。
サークル自体もさすがの貫録で、とにかく懐が深い。

慣れるまではほとんど活動に参加できないかもなと思っていたナツも、このあたたかい雰囲気が居心地良かったのか、初回から曲に乗って気持ちよさそうに体を動かしながら歌っていました。
親も参加OKなので、私も一緒に歌ったのですが、これがとっても気持ちいい!
大きな声でみんなと声を合わせるのが楽しくて、気持ちスッキリ、心が軽くなりました。

ナツの大人になった姿って全く想像できないなぁと思っていましたが、平日は作業所などで働いて、お休みの日はこうして集まって活動するメンバーさん達を見て、ナツの将来の姿が少し見えた気がして安心しました。
永住の地と決めたこの地域でたくさん仲間を作り、大人になってほしいな。
こんなふうに仲間と一緒に、楽しく余暇を過ごしていってくれたら。

年上の方たちは、若いメンバーが増えるのが嬉しいようで、ナツを歓迎してくれ、いろいろ世話を焼いてくれました。
「初めての事」には躊躇してしまうナツですが、「初めての人」には全く物怖じしないナツ。
気が付いたら、40代の男性メンバーさんとハグしてしました。
新入りのナツに握手を求めてきた40代メンバーさんに、「おお、友よ~!」てな感じで自ら歩み寄り、肩を組みながらポンポン背中をたたき合っていました。
相手の方も、フレンドリーなナツに感激したらしくニコニコ。
あっという間に馴染んでました。

しかし、心をオープンにして相手と向き合えるナツは、本当にすごいな~と思います。
子どもの頃から内気で、人見知りな私は、仲良くなるのに時間が掛かってしまいます。
屈託ない、真っ直ぐなナツの姿を見るたび、こういうところ、ナツには本当に敵わないと思います。
人付き合いということに関しては、ナツのほうがよっぽど才能がある。




将来が不安だと思っていたけれど、何が心配だったのだろう。
社会に出られないかもしれないことか。
結婚できないかもしれないことか。
一人で生きていけないかもしれないことか。

よく考えたら、障害がない、何も困難がないはずの私だって、そんなに立派なものだろうか。
短大を出て、会社にも勤めたけど、今はただの主婦。
何か社会に貢献しているわけでもないし、この先、社会のために大層なことができるとも思えない。
ただ自分の家族のために心を配っているだけ。
ナツと私、一生を通して見たら、そう変わらないんじゃないかな?
周りの人を癒せる才能がある分、ナツのほうがすごいかもしれない。

学校を卒業したら、ナツなりの形で働き、少しでも社会の役に立つ、社会の一員として過ごしてほしい。
そうしたらあとは、地域の中で明るく生きていたら、それだけでいいのじゃないか、そう思った。

by mineyom | 2011-01-20 12:11 | ナツの毎日

友人の言葉から

昨日、以前勤めていた会社の同期の友人とランチをしました。
彼女とは、昨年同期の一人が結婚した時に会ったのですが、その時はゆっくり話ができず、ナツのことについてもちらっと話しただけでした。

今回二人きりでゆっくり会えたので、お互いの近況を報告し、友人の子の幼稚園の様子なんかを聞きました。
その途中、彼女が少し声をひそめるようにして、「年賀状見たけど、なっちゃん全然わかんないよね」と言いました。
友人には、ナツの写真入りの年賀状を送っていました。
以前聞いたナツの障害のことと照らし合わせ、そんな感想が出たよう。

ナツの経過を詳しく話している、本当に親しい友人は別ですが、そのほかの友人からはあまりナツの障害について触れられることはありません。
思うに、そういうことって聞きにくいことなんじゃないかな。

しかし私は、「ぱっと見はわからないかもしれないけど、しばらく一緒にいたらすぐわかるよ」と答えながら、聞いてもらえて嬉しいなぁなんて思っていました。
ナツの障害を全く隠すつもりはないのに、触れてはいけないみたいな空気になると、なかなかこちらからは話しにくいものです。
出来ればありのままを知ってほしいので、ぜひドンドン聞いてほしい。

それはナツを通して知り合ったのでない方に対しても同じです。
うちの子障害があるんだ~というと場が重くなっちゃうかな。
困った顔させちゃうのも申し訳ないし、なんて考えると、なかなか話せない。
でもナツの存在は、私の中でかなり大きな位置を占めているので、それを話さないと自分のことを半分くらいしか話してないような気持ちになるのです。


今回友人の言葉を聞いて、私自身も話しづらい人間だったのかなぁと思いました。
今まで私は、相手が話してくれるまで待つというスタンスでした。
話したくなったら話してねという。
相手のすべてを受け入れる覚悟がなければ、深刻な話は、軽々と聞いてしまってはいけないような気がしてて。
でもそれって、本当に正しかったのかな。

重たい話って、自分からベラベラ話しづらいものだから、私は聞く準備があるよ~と、こちらから働きかけるのも大切なんじゃないかな。
もちろん、相手の様子をよく見るのが大事で、無理に聞きだすようなことはいけないんだけど。
友人の話を聞きながら、そんなことを思いました。

友人は、障害があったら、妊娠中の検査で全部わかるんじゃないの?なんて質問もしていて、彼女は2児の母ですが、そんなことも知らないんだ~とちょっと驚いて、正しいことを知ってほしいと、あれこれ熱を入れてしゃべってしまいました。
やはり障害のある子が身近にいないと、ほとんど知識はないようです。
正しく知ってもらうためにも、少しずつでも話していけたらいいなと思いました。

by mineyom | 2011-01-19 19:55 | ナツの毎日

生まれてきたときの写真

「大きくなったわたしたち」
毎年2年生が生活科でやる授業です。
小さいころの写真や思い出の品を集めたり、生まれたときのことを両親にインタビューしたりして調べるそうです。

ナツは音楽以外の授業は、ほとんど交流学級に行っていないので、どう学習を進めるのか?と思いましたが、赤ちゃんの時の写真を用意して、インタビュー用紙を完成させました。
インタビューの内容は、「生まれた日付」と「出生時の身長・体重」、「命名の由来」と「生まれた時の様子」でした。
本人が書いても、親が書いてもいいということだったので、私が記入しました。
書きながら、ナツにも話してみたけれど、あまりよくわからなかったよう。
小さいころの写真を見ても、2歳ごろの、髪が伸びて今と同じおかっぱ姿になったものは、自分だと認識できるのですが、それ以前の髪の薄い自分は「あかちゃん!」と言っていて、自分だとわからないみたいです。

昨日お迎えの時に、同じ学年のKくんのママに、写真用意した?と聞いてみました。
するとKくんママは、ちょっと考えるように黙ってから、「前に話したことあったっけ?私生まれてすぐのKを見て、泣いちゃったんだよね~」

Kくんはダウン症です。
いつも明るく、頑張り屋のKくんは、ナツと大の仲良し。
知的レベルも同じくらいで、性格ものんびり穏やか。2人ともよく似たタイプなので、いつも一緒に行動したり、ふざけ合ったりととてもいいコンビです。

Kくんママは、Kくんが産まれたとき、なかなかダウン症であることを受け入れることができず、生まれる前にわかっていたら産まなかったのにと思ったそうです。
そのため、生まれてしばらくの写真がほとんどないのだとか。
生まれたときの様子も、何書けばいいのか困っちゃった~と言っていました。

そうだよねぇ。誰もが子どもが生まれたときを、幸せいっぱいで振り返られるわけじゃないんだよね。
「大きくなったわたしたち」って自分の命に感謝する、とっても素敵な授業なのだろうけど。

私は1歳前後の育児が一番辛かったよ~と話しました。
明らかな発達の遅れはあるけど、障害とは小さすぎてまだ診断はされない。
私が何とかナツのお尻を叩いて頑張らせれば、他の子に追いつくのではないかと追いつめられていたころです。
今思えば、ナツには到底無理なことを必死でやらせようとしていたなぁ。
あのころを思うと、ナツには本当に申し訳なくなります。
本当にごめんねとムギューっとしたくなります。

Kくんママも、生まれる前にわからなくて本当に良かった。
おろしていたら今のK はいない訳で、本当に恐ろしいことを考えてた。Kごめんね~と謝ってました。
結局、生まれた時の様子には、とっても大人しい赤ちゃんでしたと書いたそうです。
赤裸々に書いて、授業中ブルーな感じになっちゃっても申し訳ないしね~と小さく笑いあいました。

今こうして、振り返れば少し胸の痛いことを懐かしく話せるのも、そういう日々を越えてきたからかなぁと思います。
子どもと一緒に一歩一歩踏みしめて、今の母になった。
これからもまだまだ長く続く道、また一歩一歩歩いて行くのでしょう。
たまには振り返るのもいいかな。

by mineyom | 2011-01-18 13:21 | ナツの毎日

新体操はじめました

ナツは昨年春から、新体操をはじめました。
週1回通っています。

きっかけは、同じクラスで1学年上のTちゃんのママの一言から。
「一緒に新体操やってみない?」

その頃、発達がゆっくりな子のための学習塾には通っていたナツ。
そろそろ運動系の習い事もさせたいなぁと思っていた時でした。
しかし、障害児のための水泳教室や体操教室、あるにはあるのですが、やはり絶対数が少ないので、通える範囲には見つからなかったのです。

私もいろいろ探しているんだけど、見つからないんだよね~という私に、Tちゃんのママは、「普通の子のクラスに入れてもらえないかな?」と言いました。
正直、障害児専用の教室ばかり考えていて、通常のクラスに入ることは全く頭にありませんでした。
果たしてついていけるのか?
それ以前に受け入れてもらえるのか?

とりあえず問い合わせはしてみようということになり、新体操のほかにも、近辺のバレエ教室やチアダンス教室などにも聞いてみました。
するとどこも門前払いということは全くなく、まずはお子さんの様子を見たいので、見学に来てくださいと言われました。
そこでナツとTちゃんを連れ、次々体験をさせてもらいました。

先生のお話を聞いてみると、以前に障害のある子を教えたことがあるという方や、自分は教えたことはないけれど、教室では障害のある子を受け入れたことがあるという教室がほとんどでした。
ただ選手を目指すくらいの本格的な教室もあり、踊れるようになることよりも、楽しく取り組むということが目的だったので、体験した中で、一番のんびりした雰囲気の教室に決めました。

小学生クラスは、みんなもうかなり進んでしまっていて、ついていけそうになかったので、基礎からはじめる3~6歳児の幼児クラスに入れてもらいました。
先生には、慣れるまではほとんど動けないと思うので、時間を特別に割いていただかなくても、後ろでなんとなく真似しているだけで十分ですので・・・とお話し、レッスンがスタートしました。

ナツはとにかく模倣が苦手で、見て真似するということがなかなかできません。
小学校入学前に通っていた療育センターで、毎回同じダンスと体操をするのですが、ほとんど突っ立ったまま、1年を終えたという具合でした。
何事も、見て真似て自分の力にしていくということが基本だと思っていたので、そこをどうにかしたいと思っていました。

やはり新体操教室でも、最初はほとんど動くことができませんでした。
それでも地道に通ううち、少しずつ先生の指示にも反応できるようになり、先生を見ることもできるようになってきました。
以前行った講演会で、なかなかできないと思っても、なんでも10回くらい繰り返せば、なんとなく取っ掛かりが見えてくるというお話を聞きました。
週1回だとするとだいたい3カ月。

確かに今までも、何度通っても全然進歩しないなぁということでも、3カ月を過ぎるころには、少し様子が変わってきた気がします。
わずかに前進した、というような。
調子のいい、悪いもあるので、波もすごくあるのですが。

ナツも10カ月続けて、いろいろと出来るようになってきました。
ツーステップや片足立ち。
バランスが悪くてずっと片足立ちができず、片足立ちをするときは必ず掴まるところを探していたナツでしたが、ようやく0.5秒ほど立てるようになりました。
本当に一瞬なんですけどね~。
それでも、チャレンジするようになっただけでも進歩です。

しかし模倣は相変わらず苦手なままです。
今週のレッスンでは、年末年始のお休みで久しぶりだったせいもあってか、ほとんど先生を見てませんでした・・・。
鏡大好きちゃんなので、正面の大鏡に映る、自分の顔ばかり見てニヤニヤしていました。
「鏡見ないで、先生を見なさい!」と何度言ったことか。

それでも、始めたころに比べればわずかずつでも前進しているので、これからも地道に通い続けたいと思います。
何よりも「しんたいそう たのしい!」と喜んで通っているので、それが何よりだと思います。

家でリボンの練習。
くるくる回せるようになり、何とか様になってきました。
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by mineyom | 2011-01-17 10:01 | ナツの習い事

ナツの心の変化

3連休の真ん中の日。
久しぶりに大きな公園に行きました。

ナツは気が小さいので、慣れない遊具で遊ぶ時は、怖さが先に来てしまいます。
一応遊びたい気持ちはあるのですが、お友達がわっと走ってくると、すぐに「おりる~!」と逃げ出すし、幅の広い滑り台に恐れをなして、滑らず固まってるしと、「こわい、こわい」ばかりで満足に遊べませんでした。
周りは3歳前後の子ばかりだったので、ちょ~っと目立っていたかも。
1人だけ明らかに体が大きいのに、こわい!と叫び、泣きべそまでかいてるから。

ナツがもっと小さい頃は、「もぅ~、なんでみんなと同じように遊べないの~」ともどかしく思ったものでしたが、今は「まぁ、これがナツだしね」と落ち着いていられます。
全く心が波立たない自分に少し驚きながら、私もナツのお母さんやって8年だしねと冷静な自分が嬉しくもありました。
しかしナツは違ったようです。

いつもならその場から離れればすぐに気持ちが切り替わるナツ。
それがじっと地面を睨んだまま口をへの字に曲げ、あげく「もうかえる!」と走り出してしまいました。
おーい、ここから歩いては帰れんよー。とナツのあとを追いかけながら、今までとは違う、ナツの反応に驚いていました。

何をやっても上手く遊べない。
私はあれもできない、これもできないとイライラしている感じがしました。
それが何かもどかしくて。何か悔しくて。
そんなふうに感じているように見えました。

以前、軽度知的障害のお子さんの先輩ママさんに、お子さんが、「自分は他の子と同じようにできない」と言って、自信を失ってしまっているという話を聞きました。
その時はまだ、ナツは周りの目を全く気にしていなく、自分がどう見られるかも感じていなかったので、知的に高くなると難しい面もあるんだなぁと思っただけでした。

小学校に入学したばかりの頃、お迎えに行ったら普通学級の子が何人か固まっていて、少し距離をとりながらも聞こえるような大声で、「○○○○なつき(ナツのフルネーム)やべぇよ!」と何度も連呼していました。
私は暗~い気持ちになりましたが、ナツは言葉の意味もわかっていないし、自分に言われていることも気づいていなかったので、下手に理解できるより気が楽だなと思いました。

それが今、「自分」というものを感じ始めている。
周りとの違いを感じる。
今その片鱗が見えて、どう対処したらいいのかと考えてしまいました。
自分の世界だけだったのが、周りが見えるようになってきたということで、成長の1つだと喜ぶべきかもしれないけれど。
避けては通れない道かもしれませんね。

ただ、自分はあれもこれもできないと、卑屈にだけはなってほしくないと思います。
自信を持たせながら、上手くフォローしていかなければ。
ナツの世界も、また新しいステージに入ったようです。

by mineyom | 2011-01-12 15:51 | ナツの毎日

海外の特別支援教育 その2

さて、前回は長々とナツの昔話を書いてしまいました。
実はここからが本題だったりします。

夫のインドネシア出張をきっかけに、そろそろ転勤か?と気になった私。
幼児のころと違って、学校の受け入れについて知っておかねばなりません。
どこの国へ行くかはわからないので、インターネットでいろんな国の日本人学校のHPを探すうち、あるHPに出会いました。

Group With 」さんです。
この「Group With 」は、海外生活を体験したお母さん達のグループで、海外で生活する子ども達や家族のために、情報提供やセミナー開催などの支援活動を行っています。

このHPの中の「障がいを持つお子さんと海外で暮らす」というページの中に、日本人学校の「特別な教育的支援を必要とするお子さんの受け入れ状況」の一覧があります。
これは、全海外日本人学校に障害のあるお子さんの受け入れ状況についてアンケートを行い、その回答を掲載したものです。
それを毎年更新されているようです。

海外の状況を一人で調べるのはとても大変です。
各国を網羅し、しかも最新の情報を提供しているのは、本当に素晴らしいです。
ネットで調べていると、結構情報が古くて参考にならなかったりすることがあるんですよね。

一覧については、「う~ん、厳しいなぁ」というのが率直な感想です。
障害のあるお子さんを「受け入れる」と回答し、特別支援学級も設置しているのは、上海、台北、バンコク、クアラルンプール、シンガポール、ニューヨーク、ローマ、パリ、ロンドン、デュッセルドルフなどの、日本人駐在員の多い、大都市ばかり。
そのほかは、「受け入れは困難である」がほとんど。

おおむね小規模校は、教員が足りない、環境が整っていないなどの理由で、受け入れ態勢がとれないようです。
日本人学校は私立校なので、財政面の問題が大きいようです。
厳しい経営状況の中、存続のため頑張っている学校も多いのでしょうね。
その中で、特別支援にまで手が回らないというのが現状なのでしょう。
受け入れたい気持ちはあるが、状況的に難しいと答えている学校もありました。

一方、受け入れOKの大都市の学校でも、受け入れ条件があり、「障害の程度により判断」という記述が多いです。
ある程度、自分のことは自分で出来るということが条件のようです。

昨夏ニューヨークへ赴任した友人は、やはり学校の受け入れで大変だったと言っていました。
そのお子さんは、日本では介助員さんが付いているものの、普通学級でがんばっていました。
軽度のお子さんでも、受け入れは難しいのか。。。と思いました。

もしかしたら行くかもしれないジャカルタは、受け入れは可能となっているものの、「通級指導を基本としている」とありました。
ナツ、通級で大丈夫かなー。難しそうだな・・・。

そのほか、シンガポールは「小学校のみ」となっています。
これは、私たちがシンガポールにいたときには、中学校にも支援学級があったのですが、その後中学のほうは廃止になってしまいました。
仕方なく中学校入学のときに、何人か、お母さんとお子さんだけ帰国されたという話を聞きました。
今は大丈夫でも、実際子どもが通う時期に、どうなっているかはわからないということですね・・・。

受け入れ可となっている国以外に赴任になったらどうしたらいいんだろう・・・。
今から考えても仕方がないことですが、厳しい状況をみて、急に現実をつきつけられた気持ちになりました。
海外行っても何とかなるさ~というお気楽な気分もあったのですが、そう一筋縄ではいかないようです。
その時はその時で、状況を見て判断するしかないですね。

ちなみに夫の会社には、娘に障害があることは話してあります。
しかしそれにより考慮されることはないようです。。。

by mineyom | 2011-01-11 14:22 | ナツの毎日

海外の特別支援教育

一昨日から1週間、夫がインドネシアに出張しています。

普段から忙しく、平日はほとんど会うことがないので、パパが留守でも特にナツは気にかけることがありません。
「パパに会いたいな~」とか、そう言えば今まで一度も聞いたことないな・・・。
パパの存在薄い?

それでも今朝は、起きてきてリビングに入ってくるなり、「パパはー?」と聞いていました。
しばらく会ってないな~とは思っているようです。

私はナツの生活リズムにだけ合わせて動けばいいので、のんびりさせてもらっちゃってます。
しかしその一方で気がかりも。
夫は最近インドネシア向けの案件を多く扱っています。
これってもしかして、もしかするとインドネシア転勤もありうる?

夫の会社の転勤辞令が出るのは毎年2月。
いつも打診も内示もなく、いきなり辞令が出るので、10年前シンガポール転勤の辞令が出たときも、5年前日本帰国の辞令が出たときも、衝撃が走りました。
なので、毎年2月が近付いてくると、何となくソワソワしてしまいます。

やはりお子さんのいる家庭で転勤となると、気になるのは移動先の教育環境だと思います。
しかも障害児がいるとなれば、果たして受け入れは先はあるのか、とても気になるところです。
私は実際夫に、日本人学校がある都市でなければ付いていけないと思うと話しています。

転勤族の方はみんな一緒だと思いますが、いつどこへ行くか全く分からないので、将来の展望がたちません。
もしそうなったら、その時はその時で、その環境の中で最適と思われることを選択するしかありません。

ナツが小さい頃。
機会があるごとに、いろんな先生に相談し、発達を促すにはどうしたらいいのかを聞きました。
その中でよく言われたのが、早く集団に入れて、刺激を受けさせなさいという言葉。

私は1歳のころから、幼児教室や音楽教室、体操教室など、様々な場所へナツを連れていきました。
すでに他の子との差はかなりあったので、同じことはほとんどできず、ナツもしんどかったかもしれません。
私も周りの子に少しでも追いついてくれたらと、とにかく必死でした。
私自身、余裕がなく、追いつめられていました。
ナツには本当に可哀そうなことをしたなぁと思っています。
その頃の思いがあって、今ナツをちょっと甘やかし気味なのかもしれません。

ナツが1歳半の時、検診でひっかかり、シンガポールの日本人医師に、日本での詳しい検査を勧められました。
夫を残して一時帰国し、こども病院を受診したところ、その時はまだ小さくてはっきり知的障害とは診断されませんでしたが、確実に発達の遅れはあると言われました。

そして市の保健士さんに療育センターを紹介されたり、自分で民間の療育施設を探したりしました。
その時私は、このまま日本に残るか、シンガポールに帰るかでものすごく悩みました。
このときは、今療育を受けさせれば、障害を最小に出来るのではないかと思っていました。
療育によって障害が治ると思っていたわけでないですが、今療育を受けさせなければ取り返しのつかないことになってしまうかも。
その大切な機会を奪ってしまっていいのかと葛藤しました。

シンガポールにも療育を受けられるところはありますが、やり取りは全て英語です。
発語どころか、言葉の理解も進んでいなかったナツに、英語での療育はどうしても抵抗がありました。
長期間に渡って海外にいるならばいいのですが、近い将来には日本に帰ることがわかっていたので、今この時期は絶対日本語を入れたい。
2つの言語を混ぜてしまうのは、ナツには負担が大きすぎると思いました。

一方で、家族は一緒にいたほうが絶対良いという周りの声もあり、本当に悩みに悩みました。
ストレスで初めての蕁麻疹が出てしまったほど・・・。

結局は、やはり家族3人でがんばろうと、夫の待つシンガポールに帰りました。
結果的にはそれで良かったと思います。
ナツが幼い、私もまだ右往左往している頃を夫が実際に見ていなかったら、ナツの障害の受け入れも上手くいかなかったかもしれないし、一緒にこの子を育てていこうという意識も薄くなってしまったかもしれないと思います。

シンガポールでの療育は、2歳過ぎからPTとOTを受けました。
やはり英語での指導でしたが、体を動かすことがメインだったので、ナツにはあまり影響がありませんでした。
その後、日本人の先生がスピーチセラピーを始められ、無事日本語でのSTも受けることもできました。

日本で療育を受けられなかったのは、日本語の獲得ということにおいて不利だったかもしれませんが、どちらで暮らしてもそんなに変わりはなかったかなというのが実感です。
療育は成長の近道ではあるけれど、万能薬ではありません(実は私は最初療育を、まるで万能薬のように思っていました。だからこそ、日本での療育にこだわりました)。
出来る時期には差が出てしまったかもしれないけど、最終的にはナツの持っている能力分は成長したと思います。
遅れた分はその代わり、他言語や空気、食べ物など、その地でしか受けられない刺激がナツの力になっただろうと思います。

就園の時期になり、さぁ、ようやく集団に入れられるぞと、私は日本人幼稚園に問い合わせをしました。
何度か面談をした後、ナツの発達の遅れ具合から、入園を半年待ってくれと言われました。
入園してしばらくは、他の子たちもまだ新しい生活に慣れず落ち着かないので、ナツに手を掛けることができないということでした。
正直断られると思っていなかったので、まだこんなに小さいのに、すでに普通の子と同じようには行かないんだ・・・と現実を突き付けられ、非常にショックを受けました。

しかし理由には納得したので、では半年待ったら入れてもらえますかと聞いたところ、「はっきりお返事はできない」と言われてしました。
日本人幼稚園は公立の施設ではないし、先生の数も常時足りないと聞いています。
仕方がないと思いましたが、周りの同学年のお友達が次々と幼稚園に通い始める中、初めて障害のある子を就園させる難しさを思い知ったのでした。

その後幸いにして、ナツの行き先は見つかりました。
日本人の方が経営しているインターナショナルスクールに出会い、そこで快く受け入れてもらえたのです。
その幼稚園はほとんどが日本人のお子さんで、先生も日本人の方が何人もいらっしゃいました。
園長先生は、障害のある子に非常に理解があり、ナツ以外にも何人も障害のあるお子さんを受け入れていました。
ナツの成長に合わせていろいろ工夫して下さり、本当に感謝しています。

しかしそんな出会いがあったのも、ある意味ラッキーで、どこの国でもそうできるかと言えば、難しいのが現状です。
国によって違ってきてしまうというのも、どこへ行くのか自分で決められない身としては辛いものがあります。

シンガポールは日本人が多く、環境的に非常に恵まれていただけで、世界どこでもそうなるとは限りません。
しかも幼児ならまだしも、就学する年齢になれば、学校の受け入れが決め手になってきます。
それができないとなれば、家族一緒に暮らすことは諦め、単身赴任という選択肢しかなくなってしまいます。

その現状は何とかならないものかと思います。
世界中どこの国に行っても、特別支援教育が受けられる。
今の段階では、やはりそれは理想でしかないのかな。

by mineyom | 2011-01-11 12:40 | ナツの毎日