中学校問題 その11 ローカル学校が急浮上

ナツの中学生生活は、すでにスタートしましたが、タイの学校に決めた経緯をまだ書いてなかったので、ここに残しておきたいと思います。


インターナショナルスクールを断念し、日本に帰るというのは、とりあえず最終手段に置いておいて、ギリギリまで希望に叶う学校があるか探してみようとなった2月の末。

話には聞いていた、タイの学校へ、とりあえず見学に行ってみようということになり、タイ語のできるお友達に付き添ってもらいいざ学校へ。

タイの特別支援学校とは、一体どんなところなのか、全く未知の世界だったので、期待半分不安半分という気持ちだったのですが、実際見学に行ってみると、思っていた以上の好印象を受けて帰ってきました。

校舎が古くて、あまり綺麗じゃないよと聞いていたので、それがちょっと不安だったのですが、実際はちっともそんなことはなく、想像以上にしっかりした建物で、掃除も行き届いていました。

確かに古さはありますが、一昨年建て替えた、ナツが5年生まで通っていた小学校は、50年以上の歴史があり、トイレなどもかなり年期が入っていたので、それに比べたら全然綺麗だし、全く気にならないと思いました。

先生に案内されて、学校全体を見ましたが、ランニングマシンなどがいくつもあるトレーニングルームやコンピューター室、ピアノをはじめいろんな楽器が置いてある音楽室、それに広いプレイルームもあり、設備面も結構整っているんだなと感じました。

内容については、学習面には期待できなくても、体を動かしたり、お友達とコミュニケーションをとったり、まぁ基本楽しく過ごしてくれればそれでいいと思っていたのですが、希望すればオプションで音楽セラピーやアートセラピー、フィジカルセラピーやコンピューター学習などいろんな訓練が受けられるそうで、そんなプログラムがあると思っていなかったので、それは嬉しい誤算でした。

通っている生徒は、未就学児から上は40歳くらいの人までいるということで、非常に幅広いです。
日本では18歳になれば、自動的に卒業になってしまい、学校にいたくてもいることができませんが、ここでは学費さえ払えば、いつまででもいることができるそうです。

それは日本ほど卒業後の就職先なり、作業所のような施設が整備されていないからという背景もあるのだろうと思いますが、親御さんとしては、いつまでも通える先があるというのは、安心だろうなと思いました。

高校生以上の青年部では、作業訓練もあり、洗剤をボトルにつめる作業をしていまし
これを1本数十バーツで売って、売り上げを得ているということだったので、確かに学校が作業所の役割を果たしているのでしょうね。

ただやはり、必ず社会に出なければということがないせいか、作業訓練を熱心にしているという感じはなく、日本よりのんびりしているのは否めないなと思いました。

それでも全体の雰囲気が良く、先生の数が多いのも高ポイントで、この初回の見学で、ここにかなり心が動きました。
ナツも気に入りそうだと感じたので、早速次の土曜日に、家族3人で見学に来ることに。

土曜日は、子どもの数も少なく、落ち着いた雰囲気だったので、ナツも興味津々で、学校内を見て回ることが出来ました。
夫も、なんだ、ちゃんとした学校じゃん!ここいいよ!と、一体どんなところだと思っていたのかね?というような感想を述べ、一目で気に入ったもよう。

校内見学のあと、いろいろとお話をさせてもらいましたが、これが困りました・・・。
夫婦ともタイ語ができないということで、英語が出来るという先生が来てくれたのですが、少し話せるという程度だったようで、意思の疎通がなかなか出来ない。
詳しい話が何も聞けぬまま、娘はタイ語が全くわからないが、受け入れは大丈夫かということだけは念を押して確認して、笑顔つきのOK!という返事だけもらって、帰ってきたのでした。

ナツに関しては、驚いたことに、校内で会う先生会う先生に、自分からワイをして(手を合わせて)「サワディカー」と元気に挨拶をしていて、この子、この学校でいけるかも!と母に予感させました。

しかしこのあと学校は春休みに入ってしまい、受け入れはOKとは言われたものの、正式な申し込みは出来ぬまま。
果たして本当に春から通うことが出来るのか、よくわからないという、宙ぶらりんな状態が続いたのでした。。。

# by mineyom | 2015-05-21 22:36 | タイ生活 就学(中学校) | Comments(4)

学校3日目 タイ語が「わかる!」?!

学校3日目。
いったん学校に集まったあと、今日は校外学習へ。
タイの映画館、私もまだ行ったことないのにな~。
ナツに先を越されるとは。

お便りによると、映画は「スポンジボブ」を見るそうです。
言葉がわからなくても、アニメならそれなりに楽しめるよね。
ナツはスポンジボブ知らないけれど。

トイレとか大丈夫かな~と心配になりましたが、そこは特別支援の学校の先生たちだし、その辺は心得ているだろう、きっと大丈夫!と思って送り出しました。


この日は始めて、学校終了時間でのお迎え。
外に出掛けてるし、時間も長いしで疲れてるかなと思いつつ、お迎えに行ったのですが、教室から出てきたナツは、全くいつも通りでした。
特に問題なく、校外学習にも行ってきたようです。

しかし映画どうだった?と聞いても、反応はいまいち薄い。
映画見た?と聞けば「みた~」、面白かった?と聞けば「おもしろかった~」とは答えるけど、あんまり興味は引かれなかったみたい。
スポンジボブ面白くなかったのかな?
まぁ、映画館でタイ語の映画を見る、という体験をして来たというだけで充分。それだけでOKです。

さて、3日目にもなり、環境にも慣れてきて、いろいろ見えるようになってきた頃だと思ったので、ナツに「先生の言ってることわかる?タイ語わかる?」と聞いてみました。

すると、即答で「わかる!」という返事が。
ここまではっきり答えるとは思わなかったのでびっくりしました。
しかも、そうなんだ、わかるんだ。

ナツはタイ語は、挨拶の「サワディカー」しかわかりません。
それでも、ナツはタイ語がわかると感じている。
それは言葉は通じなくても、心で通じるから大丈夫ということなのだろうと思いました。

確かにナツは言葉がわからないのに、ちゃんとご飯を食べてくるし、着替えてくるし、歌を歌ったり体操したりして、1日過ごしてくる。
先生がジェスチャーで伝えたり、手を添えてやらせてくれたりしているのだろうと思う。
周りの子の動きを見て、判断しているところもあるだろうと思う。

学校で特に困ることがないから、先生の言うことはわかる!という答えになるんだろうなと思います。
短時間の間に、その信頼関係を築いたナツは立派!と思います。
言葉がわからなくても、深く悩まず、深く考えず、そのまま受け止めるというのが、いいのだろうなと思います。

私も難しく考えず、心で通じ合えるから大丈夫!と、恥ずかしがらずにどんどんタイ語を使っていかないとと思います。
先生たちとのやり取りを、私もナツのように、楽しめるようになりたいな~。

# by mineyom | 2015-05-20 01:05 | タイ生活 中学校 | Comments(4)

タイの学校スタート! 2日目 タイ語のお便りに四苦八苦

学校2日目。
昨日、帰ってきた時には元気になっていたけれど、お迎えに行ったときには泣いてしまっていたナツ。
もしかしたら今日は嫌がるかもと、内心ドキドキしながらの学校の支度。

案の定「やだ、いえだけがいい」なんてこぼしてましたが、まぁそれが本音だよね~と思いながら、気分を盛り上げるようにしていたら、「きょうのおひるなにかな」と言い出してくれてホッ。
食いしん坊で良かった。

教室の前で離れるときも、私の腕を掴んで「おかあさ~ん」のくだりはありましたが、何かこれ、別れの儀式?って感じで、一通りやったら諦めて先生に付いて行ってました。

学校では毎朝、全員でグラウンドに集まって、タイの国歌を直立して聞いています。
タイでは駅や公共施設などでも見られる光景です。
そのあと、タイ語の説法?のようなものを聞いていましたが、ナツもみんなの真似をして、両手を合わせて静かに聞いていました。

ちゃんと皆と一緒にやっていてすごいなぁと思っていたところ、私には先生からタイ語のお便りが!

来た!覚悟はしていたけど、思っていた以上に早く来た~!
先生のタイ語の説明によると、明日はどうやら校外学習があり、みんなで映画を見に行くらしい。

3日目で校外学習か!と思いましたが、一人だけ学校に残ってるわけにはいかないし、この2日の様子を見て、3日目だけど、きっと行ける!と母の勘で判断し、校外学習に行かせることにしました。

先生にお便りの下半分にくっついている申込書を書いて持ってきてね!と言われて、学校をあとに。
しかしいきなりこんなお手紙、ハードルが高いな。。。

数ヵ月前から、会話と合わせて文字も勉強し始めてはいますが、まだまだスラスラ読むには程遠いし、わからない単語もたくさんあります(タイ文字はとても難しい)。
時間があればタイ語の先生に聞いたり、一生懸命辞書を引き引き何とか読むことも出来るのですが、この時は朝もらって帰りに出してねってことで、時間がなかったので、結局ドライバーさんに読んでもらいました。
ここにお母さんの名前を書いて~、ここにナッチャンの名前を書いて~、このボックスにチェックを入れて~という感じで教えてもらい、何とか完成させて提出。
これからもお便りはあるだろうし、タイ文字の勉強も本腰入れなきゃな~。


まだ2日目ということで、この日もお昼でお迎えに。
教室を覗くと、ランチ後のリラックスタイムだったようで、みんな椅子に座ってくつろいでいたり、床に寝転がったりしてました(教室内は裸足です)。
ナツも隣の子と一緒にベンチに寝転がっていて、私の顔を見てももう帰るの~?とちょっと迷惑そう。
昨日の涙はなんだったの~?!

さあ、帰るよ、と促しても「きゅうけいしてんの~」と帰るそぶりも見せない。
こんなことなら、早く迎えにくるんじゃなかったわ。
2日目にして、この余裕。
やはり、明日の郊外学習は、問題なく行ってこれる、と確信したのでした。

帰りの車の中では、「うたうたった~」と報告してくれました。
へぇ、そうなんだ。

でもそれって、タイ語の歌だよね。
ナツにとっては日本語でもタイ語でもあんまり関係ないらしいです。
やっぱりすごいわ。

まぁ、ナツの場合、日本語の歌でも耳で聞いてそのまま覚えてて、歌詞はあんまり関係なかったんですが。
みんなで歌を歌って楽しかったのなら、それで良し!

正直、私のタイ語もまだまだカタコトで、先生に詳しい様子を聞くこともできないのですが、先生の「今日もOK!」という言葉と、ナツの表情で大丈夫だな、とわかります。
日々タイ化していくナツ。
このまま頑張れ~!

# by mineyom | 2015-05-19 15:00 | タイ生活 中学校 | Comments(2)

タイの学校スタート! 1日目

ナツの中学生生活がスタートして、早一週間が過ぎました。
始まるまでは、本当にこの選択で良かったのか、本当にナツは大丈夫なのか、いろいろ考え、不安でいっぱいでしたが、私の想像よりもずっと早く、あっという間に馴染んでしまいました。

私が思っていた以上に、ナツは大物だったようです。
飄々としているナツを見て、こんなタイ語環境に突っ込まれて、これがもし自分だったら、絶対、俺達、私達泣いてるよねと夫と言い合ってました。
本当にナツには、底知れない力を感じます。
どこでも生きていけるなんて、本当にすごいよ。


それでも初日の朝は、さすがにナツにも緊張が走ってました。

数日前から、なっちゃん、もうすぐしたらタイの学校行くからねと、何度も言い聞かせ、学校の見学にも二度連れて行っていました。
それでもピンと来てはいなかったのでしょう、学校に到着して、いよいよ教室の前で私と離れるという段になって、急に顔がこわばり、私の腕をがっちり掴んで、おかあさんもいっしょにいく!と言い出しました。

そうだよね~、やっぱりそうなるよね~と思っていたら、クラス担任のベテランの先生が、私に任せて!とばかりにナツを私からはがし、さぁ、行きましょう♪とばかりに強引に連れて行ってしまいました。

実は見学の時に、この先生に、娘はタイ語が全くわからないので、最初は付き添った方がいいですか?と聞いていたのです。
しかし、お母さんがいると甘えちゃうから、いない方がいいです。見るなら隠れて見てくださいと言われたので、最初から思い切って、この先生にお任せしようと思ってました。

おかあさ~んという小さくなっていくナツの声が聞こえましたが、心の中で「頑張れ!」とエールを送って、その場を足早に立ち去りました。

校門のところまで来て、後ろを振りかえると、みんなグランドに出てきていて、ナツも先生と一緒にその中に混じってました。
沈みがちになるナツを盛り上げるためか、先生がナツと向き合って両手を取り、「ナッチャ~ン」と歌いながら、手をフリフリ踊っていました。
されるがままに踊っているナツが何だかおかしくて。
泣いてはいないし、大丈夫そうだなと思い、学校を後にしました。

この日は初日ということもあり、お昼でお迎え。
ちょうどランチが終わった頃に学校に到着しました。
教室に直行して中を覗くと、椅子に座って、ちょっとだけ疲れたような表情のナツ。
何とか頑張って過ごしたみたいだな、と思った瞬間、ナツと目が合い、ナツがわぁ~と泣き出しました。
かなり緊張していたみたいです。

それでも先生は、今まで大丈夫だったのよ、ちゃんとランチも食べたのよと言っていて、泣いたのは私の顔を見た途端、安心したからのようでした。
その証拠に、帰りの車の中ではけろっとして、どうだった?と聞く私に、とらんぽりんした~、あいすこぼした~とすまして答えてました。

そうか、アイスもらったんだ、そんでこぼしたんだ。
なんか平和だな~と思いました。
いやだった~!とか、つらかった~!とかないんだね。

家に着いたら、すこぶる元気。
初日で疲れるだろうからって半日で迎えに行ったのに、全くダメージなかったみたい。
夜まで始終ご機嫌で、学校の影響は特にないらしいとほっとしました。

こうしてタイの学校の初日は終了し、ナツは異国の学校の入学初日という日でさえ、いつも通りのマイペースっぷりを発揮し、またがっこういく~と言って母を喜ばせたのでした。

# by mineyom | 2015-05-18 20:14 | タイ生活 中学校 | Comments(2)

ソンクラン休暇

また少し更新が滞ってしまいましたが、この間に、タイはソンクラン(タイのお正月)を迎えました。
夫も4月11日から19日まで9連休だったので、我が家は旅行に行ってきました。

昨年、水掛け祭りで大変な目に遭ったので(去年の様子)、今年はバンコクを脱出したいと思っていたのですが、別に家に籠ってればいいんじゃないの~と、夫のエンジンがなかなかかからず、気付けば3月も終わりに。

9日間も家にいてどうするの~、本当にどこにも行かないの~とせっついていたら、ようやく重い腰が上がってくれたので、すぐさま旅行会社へ。

しかし時すでに遅し。
ソンクランのパッケージツアーは概ねもう一杯で空きなし。
仕方がないので、ソンクランを外し、9連休の後半に旅行に行くことにしました。

旅行先はタイ南部のクラダン島が第一候補。
少し前まで全く知らない島でしたが、先月7年の任期を終え、本帰国された会社の方に、7年の間に旅行に行かれた中で、一番良かったのはどこですか?と聞いたところ、クラダン島!という返事が帰ってきて、俄然興味が湧いてきました。
ソンクランの後ならちょうど空いてますということで、即決で申し込みしました。

時期は何かずれているけど、気になっていた場所に行けるということで、私的にはかなり満足。
幸せな気持ちでソンクランを迎えられるなぁと思っていました。

しかしここから更に10日後。
ソンクラン1週間前になって、夫が「あれ?そもそもさぁ、水掛けを避けたいから旅行に行くんじゃなかったっけ。これじゃあ全然避けられてないじゃん!」と言い出しました。
いや、だから、それはしょうがないじゃん!

しかし夫は負けない。
探せばどっか空いてるはずだ、と言い張り、再び旅行会社へ突撃。
9連休なんてなかなかないから、余すことなく存分に楽しみたいという思いもあったようです。

いやもうどこも空いてないでしょ~という私の予想に反し、旅行会社では数枚のパンフレットが出てきました。
ハノイとホーチミンとラオス。
あら~、まだ空いていたのね。

日本に戻ったら、きっともう行く機会はないだろうという理由で、ラオスにも行ってみたかったのですが、何だか手続きに時間が掛かるとかで、今からではちょっと難しいかなということで、ベトナム一択に。

実は年末年始にホーチミンに行っていたので、またベトナムかぁとちょっと思ったのですが、雑貨のショッピングが楽しかったし、食事も美味しかったしで、気に入った場所なのは確か。
しかもホーチミンとハノイはだいぶ雰囲気の違う街だと聞いていたので、ソンクランの旅行先はハノイに決定。
寸前でも、結構取れるものですね。
ベトナムは他に比べると、人気が低いようです。
隣の国で近いし、旅行代金も安めで行きやすくていいと思うのですけどね。

しかし、一度の休暇に2ヶ所に旅行に行くなんて初めてのことで、間に一日挟むとはいえ、大丈夫かなぁとちょっと心配でした。
でも今後、こんなゆっくり旅行に行けるかわからないし、タイに残ろうと決めたのは、ナツにここでしか出来ない経験をさせたいというのが第一だったのだから、思い切りいろんな体験してください!と、思いきって出掛けてみることにしました。

結局、ナツは最初から最後まで元気で楽しむことが出来ました。
夫の方が旅行最終日、俺、社会復帰できるかな・・・と、ちょっとブルーになっていました。

ハノイとクラダン島は、まさに動と静。
まるで正反対の場所でした。
全く違った場所に続けて行くというのも面白かったです。
旅行記は次で。
ここでは準備編だけになってしまいました、もう少しお付き合い下さい。

# by mineyom | 2015-04-22 18:52 | タイ生活 いろいろ | Comments(6)

ナツのパスポート更新

中学校問題の記事はまだ続きますが、ちょっとお休みしまして。

少し前の話になりますが、ナツのパスポートの更新に行ってきました。
気付けばパスポートの有効期限があと6ヶ月になっており、春休みに旅行にいく予定もあったので、早めに済ませておこうと手続きしてきました。

まずは必要書類の準備。
在タイ日本大使館のHPによると、今までのパスポートと証明写真を持っていけば良いようなので、まず写真を撮りに。

街中にいろいろ写真屋さんはありますが、今回は日本人経営のお店で、日本人の方が常駐している「デジタル プリエモン」へ。
というのも、ナツの証明写真を撮るのに毎回苦労しているからです。
タイの人ばかりのお店だと、意思の疎通が上手くできず、更に大変になってしまうかもしれないと、保険のためにSoi43まで行ってきました。

まぁ、結果から言うと、受付してくれたのは日本人オーナーでしたが、写真を撮ってくれたのは、タイ語しか出来ないタイ人スタッフの方だったので、あんまり意味ありませんでしたが・・・。

ナツはまず、普通の顔ができません。
写真を撮るので、ナツは笑顔を作ってくれるのですが、「今は笑わないで、普通の顔して」と言うと、途端にどんな顔していいのかわからなくなってしまうのか、顔がこわばってしまいます。

何故かあごが上がってしまうので、「あご引いて」と注意すると、あごを引きすぎて下を向いてしまうし、ポカッと開いてる口を「閉じて!」と言うと、ぎゅっと閉じすぎて、口はへの字。更にそれに連動して目もきゅっと細くしてしまうという。

「お母さんを見て!おんなじ顔して!」と言って真似させようとしても、どう見てもあちこちに変な力が入っちゃっている顔。
パスポート写真として認められるのか微妙で、「ナツ、もっと目を開けて!もっと目をパチっとして!」と言ってみたら、目を大きく開けてくれて、それに連動して、ぎゅぎゅっと結んでいた口の力が抜けて、上手い具合に普通の顔に。

今だ!と思ったら、そこはさすがプロ。
一体これは、いつシャッターを押したらいいのか・・・という感じで手もちぶたさに立っていたカメラマンさん、すかさず7、8枚バシャバシャバシャっと撮ってくれました。
ちょっと時間は掛かったけど、何とか撮れて良かった~。

7、8枚あったにも関わらず、出来上がった写真は、どれも「可愛く撮れたね!」とは言い難い、微妙な顔ではありましたが、まぁいいでしょう。


出来上がった証明写真を持って、いざ日本大使館へ!
着いたらまず、申請書の記入です。
この申請書、本人自筆のサイン欄がありますが、5年前の、今のパスポートを申請したときには、私がサインをしました。
「ナツの名前(私の名前(母)代筆)」という形で。

7歳以上は自分で書いてくださいと言われたのですが、その頃のナツはなぞり書きがやっとという状態だったので、「この子は障害があって自分で書くのが難しいのですが・・・」と言うと、じゃあお母さんが代筆してくれればいいです、ということになりました。

12歳の今回は、平仮名ならば何とかなりそうだけど、署名欄の枠が結構小さいので、この中に綺麗に入れるのはちょっと難しいかなという感じでした。
もしかしたら何枚か申請書を無駄にしちゃうかもしれないけど、今回は頑張らせてみようかなと思いつつ、そばにいた係りの方に「すみません、この子ちょっと障害がありまして・・・」と署名欄を指しつつ聞いてみたら、あっさり「じゃ、お母さん書いて下さい!」と言われました。
あ、それでいいの?

実は7歳の申請の時には、「障害があるので私が書いてもいいですか?」と聞いたら「何とか頑張ってご自分で書けませんかね」と言われたのです。
「無理です・・・」と返したら、仕方ないですねという感じで了承されたという経緯があったので、出来るだけ自分で書くというのが決まりなのだと思っていたのです。
その辺は、対応した方によるみたいですね。

それなら私が書いちゃお、とささっとサインをして、申請書を出しました。
次の申請の17歳の時には、ちゃんと自分でサインさせようと思います。

しかしあとで調べたら、このサインはフルネームでなく、下の名前だけでもいいみたいですね。
究極は、同じように再現できるなら、○や△でもいいらしいです。
ただあんまり凝ると、同じにサインできなかったり、とっさにどんなサインだったかわからなくなったり何てこともあるみたいです。
まぁナツが17歳の時には、自分の名前は漢字で書けるように、今から練習しておこう。

しかし今回に限って言えば、この申請のあと、ビザの更新のために何枚も書類にパスポートと同じサインをする必要があり、この時ばかりはナツにサインさせなくて良かった~と思ってしまいました。
同じサインを何枚もさせる労力を考えたら・・・。

申請のあと、1週間も待たず、新しいパスポートを手にできました。
新しいパスポートの写真も、ナツは気に入ったようです。
このパスポートも、これからたくさん活躍するのかな。

# by mineyom | 2015-04-10 00:12 | タイ生活 いろいろ | Comments(6)

中学校問題 その10 日本に帰るという選択

第一希望のスペシャルニーズのインターナショナルスクールに進学することをやめたことで、ナツの進学先の選択肢は、この学校よりもリーズナブルな学校を探すか、日本で母子で帰るかの2つとなりました。

しかし日本に戻るという選択は、最初からあまり考えてませんでした。

この一年、新しい環境、新しい生活に慣れるために全力疾走してきて、ようやくこの生活に慣れて楽しめるようになってきていたところで、出来ればあと1年くらいは、この生活を維持させたいと思いました。

この時すでに、卒業式を間近に控えた2月の終わり。
ちょっと一息つかせてほしい、これからすぐに、1年前に大変な思いをした海外引っ越しを一人でやりとげ、再び新しい生活を始めるなんて無理。
せめてもうちょっと猶予をちょうだい~!という気分でした。

それでも一応、日本の以前住んでいた地域の、教育委員会にも問い合わせてみました。
今からでも4月の入学に間に合いますか?と。
そうしたら、今からでも4月の入学に何とか間に合いますよ。地域の支援学級でも、支援学校でも、基本的にいつでも受け付けますとのお返事でした。

生徒の数によって、先生の配置などが関わってくるから、ギリギリでは難しいだろうと思っていたので、ちょっと驚きました。
春の帰国が時間的に大変でしたら、夏に戻られて、2学期から編入という形でも大丈夫ですよ、と言われました。

この教育委員会の担当者さんは、とても親切でありがたかったです。
この時点で日本に戻るかは決めかねましたが、タイで万策尽きても、最悪日本に戻れるという安心感は得られました。

日本人学校の担任の先生たちは、中学部に進学は叶わず、インターナショナルスクールも諸々の事情で諦めた時点で、日本への帰国を即選ばなかったことに、少なからず驚いたようです。
卒業間際の個人面談で、まだ進学先が決まってないんですよね~と言ったら、軽く引かれたのを感じました。

はっきり言われはしませんでしたが、日本に帰らないんですか!?という雰囲気は、ビシバシ伝わってきました。
なっちゃんにとっては、日本で教育を受けるのが一番だと思いますということでした。
この1年、ナツにじっくり関わってくれた先生が言うことだから、やはりそうした方がいいのかと心は揺れました。

それはもちろん、日本語で教育してもらった方が、英語やタイ語環境よりも楽だとは思います。
しかし、それはつまり家族一緒に暮らせないということです。
我が家にとって、ナツの教育は、それはもちろん大事なことだけど、学校教育が第一かというと、それはどうかなと思いました。

小学校6年間、ナツは日本の学校に通ってましたが、正直学習面はそれほど伸びていません。
知的重度なので、本当に進みはゆっくりで、学校に行ったからこれだけのものが習得できたという実感はあまりありません。

ナツはゆっくりゆっくり一生かけて学習していくと思っているので、ここで1、2年日本の学校教育から離れても、人生においてそれほど大きな問題にはならないと思いました。

引き続き、家庭と公文で読み書きと数の勉強は続けていくし、何よりナツの場合、学習面よりも人とのコミュニケーションや自己主張出来るようになることを、学校に求めているので、それならば日本の学校でなくてもいいと思いました。
逆に母国語でない環境でそれを身につけられたら、ある意味すごいよね。

そして何よりも我が家は今、タイにいるのです。
日本に帰るのはいつでもできるから、ここでそんなに慌てて帰らなくても、ここでしか出来ない経験をたくさんするのも、家族で思い出をたくさん作るのも貴重じゃないかと思いました。
夫の駐在期間はまだまだ長いので、ここで日本に帰ると何年も離れることになってしまいます。

日本に戻った方が・・・というプレッシャーを掛けられれば掛けられるほど、日本で教育を受けるのって、そこまでいいかなぁと思ってしまいました。
大真面目な先生には言えませんでしたが、あと1年くらい、家族でタイで遊んでちゃダメですか?という気持ちでした。

遊ぶというのは言葉は悪いですが、異文化体験をしたり、多言語の中に身をおいたりということが自然にできて、何よりも家族で楽しく暮らすということがナツにとって重要であると思いました。

それはタイという国と人が気に入って、ナツにも合っていると感じているせいもあるかもしれません。

やはり海外に住むということは、望むものをすべて手に入れることはできません。
だからこそ、家族にとって何を優先させるべきかを考え、最善の道を選んで行くことが大事だと思います。

方向転換はいつでも出来るしね。
臨機応変に、これからも道を模索していきたいと思います。

# by mineyom | 2015-04-09 11:25 | タイ生活 就学(中学校) | Comments(8)

中学校問題 その9 インターナショナルスクールの学費

その8にて書きました、インターナショナルスクールに入れようと動き出したら浮上した問題。
それは学費でした。
たかがお金されどお金。
お金の問題は重要です。

そもそもインターナショナルスクールの学費が高いことはわかっていました。
日本でもインターナショナルスクールの学費は高額ですしね。
日本人学校の学費よりも、かなり高くなってしまうことは認識した上で話を進めていました。

しかもこの学校はただのインターナショナルスクールではなく、スペシャルニーズのインターナショナルスクールです。
小規模で先生の数も多く、ST、OTの先生も常勤で毎週訓練を受けられるという至れり尽くせりっぷり。
学費も高くなろうというものです。

しかし、いくらなんでも高すぎる!
予想を超えてた!

以前から、こちらの学校に通われている方に、だいたい学費はいくら位という話は聞いていたんです。
確かに高いけど、まぁそれくらいなら会社にお願いしても大丈夫かな、という心積もりもありました。

駐在員の子どもの学費に関しては、どこの会社もだいたい規定があると思います。
会社によって様々ではありますが、日本人学校の場合は、学費は会社が全額負担というところが多いのではないかと思います。
夫の会社もそうでした。

インターナショナルスクールに関しては、会社によって、かなり違いがあると思います。
全額会社負担のところもあれば、日本人学校の学費を超える分は自己負担、ほとんど補助がない会社など、会社の考え方次第。

実は夫の会社は、全額会社負担ではないものの、かなりの額の会社負担があるので、インターナショナルスクールを選んでも、それほど大きな負担がなく通うことができます。
同じ会社の中でも、お子さんをインターナショナルスクールに入れている方も何人かいます。

しかし、体験入学後に提示された学費が・・・。
お友達にあらかじめ聞いていた学費を、遥かに越えていたのです。
年々学費が上がっているのは確かみたいですが、それでもちょっと高すぎるので、どうしてうちはこの金額なのかと問い合わせしてみました。
すると、体験入学の時にお子さんの様子を見させてもらったが、お子さんはlevels are lowなので、たくさんのケアと教育が必要だからだ、という返答がありました。
学費は一律だと思っていたのですが、実際はその子その子で大きく違っていたのです。

確かにお友達のお子さんよりナツは障害が重く、出来ないこともたくさんあるので、あなたの子は手が掛かるから、と言われてしまうと何も言えません。
夫は差をつけられた、失礼だと怒ってしまって、かなり不信感を抱いてしまったようです。

しかし、教育費は一律と思っているのは日本的な考えで、一人一人に合わせたカリキュラムを組み、オーダーメイドの教育をするというのは、特別支援教育においては特に、理に適っているのかなと思いました。
欧米ではそっちの方がスタンダードなのかも。

しかしその額が尋常じゃありません。
それだけあれば、私立大学、いや私立の医学部も行けちゃいます。
中学の3年間で1000万円を越えてしまうんです。。。
手が掛かると言っても、ナツに特別に一人先生をつけてくれるわけでもなく、基本は同じクラスに入って過ごすので、そこまでの待遇の差は感じられず、腑に落ちない気もしました。

この学費を会社に申請するのも、さすがに気が引けました。
実際、夫が本社の方に日本人学校の中学部に支援学級がないので、インターナショナルスクールを希望しているが、学費がこれこれですと問い合わせしたところ、そのあと音沙汰なしになってしまったし・・・。

夫の会社は毎年2月に辞令が出るので、これは絶対、帰国辞令が出るんだ!と辞令発令日まで、夫婦で戦々恐々としてました。

結局、この春の帰国はありませんでしたが、それは赴任1年で帰国させては、子どもの学校の件で帰国させるのがあきらかで、それはさすがに障害のある子を持つ社員を差別するようで、会社の立場的にもできないかぁと思いました。
しかし今後はわかりません。

そして私達がこの学校を諦めた一番の理由が、学費の負担が日本の本社でなく、夫が現在出向している、タイの現地会社であったことでした。
もちろん申請は本社にするので、その了承を受けてのことですが、お金を払うのは、日本の本社よりだいぶ小規模なタイの現地会社なのです。

夫はナツの学費が会社の売り上げに、もろに響いてくるんだと言いました。
赤字だったこの会社に去年出向してきて、日本人もタイ人も力を合わせて、黒字に転換させよう!と頑張っているこの時に、この莫大な学費を会社に背負わせることはとても出来ないと言います。

相談した同じ会社の奥さんたちには、駐在員の権利として会社の規定にあるんだから、そんなこと気にせずに申請しちゃって大丈夫よと言われましたが、夫の気持ちもよくわかるんです。
ナツを連れてきたことで、いろんな場面で特例特例と言われ、相手は深い意味があって言ってるのではないと思いますが、やはり肩身の狭い思いはしていたと思います。

学費の件で、さらに会社に気を使うことになる。
やはり夫には気持ち良く働いてもらいたいし、それが弱点になっても可哀想。
何よりも、この事をきっかけに帰国になってしまう可能性は充分あることで、今やる気一杯でタイで頑張っているのを、そのことを理由に断たれてしまうのは勿体ないことだし、一家にとって得策でないと思いました。

夫婦で話し合った結果、この学校はやめようという結論になりました。

しかし、この学校自体はとても良い学校で、すでに通われているお友達もいるし、この春から日本人の先生もパートで入ると聞いていたし、駅近で通いやすいしで、やはりここに入れるのが、ナツにとっては一番いいという思いも捨てきれず、一度は全額自己負担してでもここに入れようかと考えました。

しかし冷静に考えると、それだけのお金を出すなら、何でもできちゃうよ!と思い直しました。
それだけあれば、毎月飛行機で日本とバンコクを行ったり来たりすることもできちゃうし、家庭教師を何人も雇うこともできちゃう。

そもそもうちの場合は、英語を身に付けさせたいとか、将来海外で活躍してもらいたいとか、そんな目標があってインターナショナルスクールに入れる訳じゃない。
行き先がなくて、ある意味仕方なく入れるわけで。

ここでインターに入れたからって、将来何か約束される訳でもない、ただお金を使うだけ。
だったら少しでも、ナツの将来のために、お金を残しておいてあげたい。
ここでそんなに使うわけにはいかない。

という結論に至り、後ろ髪引かれる思いを残しながらも、このインターナショナルスクールは候補から外すことにしたのでした。
第一候補だった学校を諦め、進路変更したのはこのような理由からだったわけです。

# by mineyom | 2015-04-06 19:47 | タイ生活 就学(中学校) | Comments(4)

中学校問題 その8 どんでん返しならず

長らく更新が滞ってしまいました。
この間、紆余曲折あり、いろいろと思うところ、考えるところがあり、上手く心が定まらず、記事にもなかなか出来ませんでした。
しかし4月に入って、ようやくナツの進路が決まったので、ご報告したいと思います。
この3ヶ月間、ずっと不安の中にいましたが、やっと一息つけました。

まず結果から言うと、タイトルの通り、どんでん返しはなりませんでした。
半ば予想していたことではありましたが、1月の終わり、担任の先生に「中学部に特別支援学級の設置はしません」と言われたときは、少なからずショックを受けました。
やはりこのまま日本人学校の中学部に上がるのが、ナツにとっても私にとっても一番楽であるのは確かでしたから。
しかし6年生が一人きりで、中学部の支援学級に在籍する生徒が少ないということも影響したのか、中学部の支援学級は必要度が低いと判断されてしまったようです。

その反面、小学部の支援学級の方は、今年度大幅に定員を増やすそうです。
今までも、全校生徒数に対して、支援学級の定員が少なすぎると感じていましたし、編入を希望しても空きがなく、ウェイティングしていたという方も多かったので、そのことは本当に良かったと思います。

しかし小学部の定員を増やして、小学部の方を手厚くするから、その代わり中学部の方には作れません、というのは、それはまた別の話なんじゃないかなぁと思いました。
しかも小学部の定員を増やせば、毎年中学部に上がる子も増えるということで、今後その受け入れに関してはどうしていくつもりなのかなぁと思います。
小学校卒業後に、もれなく行き場がなくなるということだけは、勘弁してもらいたい。
来年度以降、どうなるかわかりませんが、考えてほしいと思います。

さて、日本人学校から返事をもらった後、日本人学校への未練はすっぱり断ちきって、インターナショナルスクールに入学すべく動き出しました。
この時点で我が家では、日本人学校かインターナショナルスクールかの二択しか考えていなかったので、当然前々から見学や体験入学していた学校に入れるつもりでした。
しかしここで、問題が持ち上がったのです。

そのため、ナツの進路の選択肢が
インターナショナルスクール
タイのローカルの学校
日本へ母子で帰国 の3つになりました。
この3ヶ月、この3つでどれを選択すべきか悩み、進路が決まらぬまま春を迎えるというしんどい状況になってしまいました。

それで結局、進路はどうなったの!という声も多いでしょうから、先に結論を述べますと、ナツは5月から、タイのローカルの学校に行くことになりました。
とは言っても、普通の公立の学校ではなく、特別支援の学校です。
今はこの選択に満足しています。

ここに至るまでの紆余曲折については(という程のものでもないですが)、次からぼちぼちアップしていきたいと思います。
とりあえず、家族バラバラにならない選択が出来たこと、ナツが楽しんで通えそうな学校が見つかったことに感謝です。

# by mineyom | 2015-04-05 01:36 | タイ生活 就学(中学校) | Comments(3)

中学校問題 その7 どんでん返しなるか?

「中学校問題」の記事も、早や「その7」となりましたが・・・。
インターナショナルスクールに行こうという気持ちが大きくなっていっていましたが・・・。

どんでん返しなる?・・・かもしれません。
実はまだ、学校側からはっきり答えをもらっていなかったのです。

去年の1月、編入の相談に来たときに、現在中学部に支援学級はないので、1年しか通えませんよ。来年度も設置の予定はないです、とはっきり言われました。
なので、それについては納得ずくでタイにやってきたわけですが、せめて要望だけでもと思い、1学期の最後に、出来れば中学部に支援学級を作って欲しいと、先生に希望を伝えました。

その時は、今はまだなんとも言えない、でもここ以外の進路を考えておいた方がいいという雰囲気だったので、やっぱり望みは薄いんだな。。と思いました。
11月には来年度の編入要項がHPに出るから、その頃にはわかりますと言われ、それを待つことになりました。

そしてそのまま月日は流れ。
11月に入っても、一向に学校側から話がないので、やっぱりダメなんだとすっかり諦めて、インターナショナルスクールを真剣に考え始めていました。

しかし11月入ったのに、全く音沙汰なしはどうなんだろう?と思い、11月を数日過ぎた頃、担任の先生に「結局中学部の支援学級はどうなったんですかね?」と聞いてみました。
すると、実は私たちもまだわからないんですよねというお返事。

実は私は「11月にならないとわからない」というのは、言い訳だと思っていたんです。
支援学級を作る気はないけど、来年度の募集が始まる11月までは、言明してはいけないからはっきり言わないだけだと。
しかしまだ決まってないってことは、可能性はゼロではないってこと?
そこで始めて、よくわからない状況になってきたぞ、と思いました。

決まったらすぐお話しますからと言われたので、更に待つこと1ヶ月。
さすがにもう結果出たよねと、2学期の終わりにもう一度聞いてみたところ、「実はまだわかりません」と・・・。
結局、来年度の編入生の数がある程度確定しないと、学級編成を決められないということのようです。

2学期の終わりに、正式に結果が出るのは1月かあるいは2月になるかもと言われました。
2月って、卒業式は3月はじめだから、もう本当にギリギリなんですけど。

まぁ、インターナショナルスクールの方は空きがあるし、いつでも入れる状態だからいいんですが。
でもこの宙ぶらりんの状態、出来れば早くはっきりして欲しい~。

ここまで引っ張られると、もしかして本当に希望あるの?と思ったり、反対に散々期待させておいて、あっさり出来ませんでした!と言われるんじゃないかと思ったり。
今現在答えは出てないので、どうなるかわかりません。
う~んでも、そもそも支援学級を作る気がないなら、もっと早くあっさり出来ませんよ!って言うよね?

先生方もはっきり言えないのはわかるのですが、可能性はあるのか、実は全く可能性なんてないのか、そこが全然わからないので、本当に予想がつきません。
来年度に支援学級に入る生徒の数によるということならば、もう祈って静かに結果を待つしかありません。

しかしこんなに引っ張られるとは思わなかったなぁ。
結局、やっぱりダメですと言われるんだろうなと思いながらのモヤモヤした2ヶ月。
でもやっぱり、ナツにとっては、このまま日本人学校にいる方が楽だろうしね。
どんでん返し起こるものなら起こって欲しいです。
果たしてどっちに転ぶのか、結果はもうしばらくお待ち下さい。

# by mineyom | 2015-01-08 11:15 | タイ生活 就学(中学校) | Comments(11)